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東京高等裁判所 平成7年(ネ)1557号 判決

甲事件控訴人(丙事件申立人)兼乙事件被控訴人

朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役

若原泰之

甲事件控訴人兼乙事件被控訴人

大里勢津子

右両名訴訟代理人弁護士

茅根熙和

春原誠

甲事件被控訴人(丙事件相手方)兼乙事件控訴人

柴重一

右訴訟代理人弁護士

小島延夫

乙事件被控訴人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

橋本徹

乙事件被控訴人

瀬間博一

右両名訴訟代理人弁護士

海老原元彦

廣田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

田子真也

主文

一  甲事件控訴人(乙事件被控訴人)朝日生命保険相互会社、同大里勢津子の本件控訴をいずれも棄却する。

二  乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一の乙事件被控訴人(甲事件控訴人)朝日生命保険相互会社、同大里勢津子に対する本件控訴に基づき、原判決中右三名関係部分を次のとおり変更する。

1  乙事件被控訴人(甲事件控訴人)朝日生命保険相互会社及び同大里勢津子は、乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一に対し、各自八三四万二三六一円及びこれに対する平成五年八月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一の乙事件被控訴人(甲事件控訴人)朝日生命保険相互会社及び同大里勢津子に対するその余の請求を棄却する。

三  乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一の乙事件被控訴人株式会社富士銀行、同瀬間博一に対する本件控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一と乙事件被控訴人(甲事件控訴人)朝日生命保険相互会社、同大里勢津子との間においては、第一、第二審を通じて、乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一に生じた費用の五分の二を乙事件被控訴人(甲事件控訴人)朝日生命保険相互会社、同大里勢津子の負担とし、その余を各自の負担とし、乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一と乙事件被控訴人株式会社富士銀行、同瀬間博一との間においては、控訴費用を乙事件控訴人(甲事件被控訴人)柴重一の負担とする。

五  この判決第二項1は、原判決主文第一項を超える部分について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  甲事件控訴人(丙事件申立人)兼乙事件被控訴人朝日生命保険相互会社(以下、「一審被告生命」という。)

1  原判決中一審被告生命敗訴部分を取り消す。

2  右取消部分にかかる甲事件被控訴人(丙事件相手方)兼乙事件控訴人(以下、「一審原告」という。)の請求を棄却する。

3  一審原告の一審被告生命に対する本件控訴を棄却する。

4  (当審における仮執行の原状回復及び損害賠償請求として)

一審原告は、一審被告生命に対し、四五一万二六〇二円及びこれに対する平成七年四月六日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、第二審とも一審原告の負担とする。

二  甲事件控訴人兼乙事件被控訴人大里勢津子(以下、「一審被告大里」という。)

1  原判決中一審被告大里敗訴部分を取り消す。

2  右取消部分にかかる一審原告の請求を棄却する。

3  一審原告の一審被告大里に対する本件控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも一審原告の負担とする。

三  一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

一審被告生命、同大里、乙事件被控訴人株式会社富士銀行(以下、「一審被告銀行」という。)、同瀬間博一(以下、「一審被告瀬間」という。)は、一審原告に対し、各自二三七四万九九一三円及びこれに対する平成五年八月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第一項同旨

3  訴訟費用は、第一、第二審とも一審被告らの負担とする。

4  第1項につき仮執行宣言

四  一審被告銀行、同瀬間

主文第三項同旨

第二  事案の概要

一  本判決においても、「本件変額保険」、「本件融資契約」、「本件融資」、「募取法」の略称を用いることとし、これら略称の意味内容は原判決記載のとおりであるから、該当部分を引用する。

二  原判決一二頁四行目の「差額」の次に「の損害発生」を加え、同一四頁一行目の「初期」を「所期」に改め、次のとおり「丙事件の申立理由」を付加するほかは、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄のとおりであるから、これを引用する。

「丙事件の申立理由

1  一審被告生命は、平成七年四月六日原判決の仮執行宣言に基づく強制執行により、現金四五一万二六〇二円を差押さえられた。

2  よって、一審被告生命は、一審原告に対し、その原状回復及び損害の賠償として、右の金員及びこれに対する右差押えの日から支払いずみまで年六分の割合による金員の支払いを求める。」

第三  当裁判所の判断

一  変額保険の性格等

成立に争いのない甲第二五ないし第三三号証、乙第五、第六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三八、第三九号証、原審における一審被告大里本人尋問の結果により成立が認められる甲第二号証(ただし、一審原告と一審被告生命、同大里との間では成立に争いがない。)、乙第二号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(ただし、3(二)(1)の事実は当事者間に争いがなく、3(二)(2)及び4(三)の事実は公知の事実である。)。

1  変額保険の仕組み等

(一) 変額保険は、欧米ではエクイティ保険もしくはエクイティ・リンク保険と総称される。エクイティ商品とは、大衆から投資された資金をプールしてファンドを形成し、そのファンドの資産が投資運用された結果が各自の持分に応じて投資家に還元される仕組みを持つ商品をいうものであり、エクイティ保険は、運用成果が各自の持分に応じて投資家(契約者)に還元されるという投資信託の仕組みを生命保険の分野に応用したものである。運用成果は、資産の売却益、評価益を含めて契約者に還元され、インフレ対抗力があるとされる反面、為替相場や金融市場の変動によるリスクを契約者が負担することになる(乙第五号証の保険毎日新聞社発行「新変額保険入門」には、従来の生命保険においては、保険料、配当等が業界内部の論理で決定されていたところ、変額保険の出現により、保険料を別として金融市場の趨勢と結びつくことになり、消費者側から言えば、自己責任原則が働くことになった旨記載されている。)。

(二) 変額保険の仕組みが右のようであってみれば、保険給付額(死亡・高度障害保険金額、解約返戻金額)も、一定の貨幣価値で予定することができず(ただし、基本保険金及び保険料計算の基礎となる予定利率については後述する。)、その時々の運用の成果とそれまでの累積によって変動し、運用の成果・累積が負の場合も当然考えられる。従来の定額保険が、一定金額の保険給付を保証し(換言すれば、一定の運用利回りを保証していることになる。)、資産運用のリスクを保険者が負担しているのと対照的である。

(三) 変額保険において保険者は投資リスクを負担しないが、被保険者の死亡実績、保険者に生じた費用実績によって保険給付額を減額させることはなく(それぞれ実績の方が予定率より良ければ、死差配当、費差配当がなされる。)、予定死亡率及び予定費率については保険者がリスクを負担しているので、保険業法一条一項の要件を充足し、保険事業の範疇に入るものと考えられる。しかし、既述したとおり従来の定額保険とは全く性質を異にするものであることに留意しなければならない。

2  資産運用方法

(一) 定額保険は、一定の運用利回りを保証している関係上、資産の運用も利息・配当収入の取得に重点を置いた安定性重視のものにならざるをえない。これに対し、変額保険は、一定の運用利回りを保証しておらず、保険者が投資リスクを負担していないこと、また、一定期間でみた場合に少なくとも定額保険の運用成果を上回る投資運用が行われない限り、変額保険の存在理由を喪失することになることから、高い収益性を目指した運用方法、資産の評価益・売却益を追求する危険性の高い方法が採用され、有価証券取引を中心とする資産運用が行われることになる。さらに、変額保険は資産運用そのものが商品ともいわれ、顧客獲得のため、各保険会社がより高い収益性を目指して競争することも考えられ、保険会社間の短期的投資成果競争が招来する歪みや危険性も指摘されている。

(二) 変額保険の純保険料(保険料中責任準備金に対応する部分)は特別勘定に繰り入れられ、一般勘定と区分される。安定性重視の一般勘定とは投資原則を異にすること等による。責任準備金は運用実績によって増減する(ユニット方式によれば、「直前評価日のユニット価格×(1+正味利回り)×契約者の有するユニット数」で表される。)。ただし、基本保険金のために必要な責任準備金だけは一般勘定に積み立てられ、安定的資産運用がなされる。以上のように、変額保険における責任準備金は、特別勘定における運用実績がそのまま反映されこれによって増減するものであって、定額保険のように時間の経過とともに当然に逓増する傾向を持つものではない。

3  変額保険の発売の経緯等

(一) 変額保険は、昭和六一年七月に大蔵省により認可され、同年一〇月から発売が開始された。日本経済が高度成長から安定成長に移行し、長寿化、金融の自由化・国際化、高度情報化の同時進行による社会経済環境の変化に対応する処方箋の一つとして、昭和六一年の保険審議会答申において、開発が推奨されたものである。変額保険については、欧米において、商品開発の段階から、(1)インフレを前提とした保険商品は是か、(2)是とすれば、従来型の保険は欠陥商品とならないか、(3)結果としてインフレ対抗力がなかった場合どうするのかといった議論があった。結論的には、定額保険と比較して一長一短があり、その選択は消費者自身によってなされるべきこととされたが、中流マーケットの顧客にとっては危険が大きすぎるとの意見もある。いずれにせよ、消費者を誤導しないこと、消費者が正しい判断ができるような情報の提供こそが重要であり、契約募集時においては、①保険金の増減、最低保証金等の基本的仕組み、②資産運用方針、資産運用対象、運用上の制限等の資産運用方法(特別勘定の投資方針)、③分離勘定資産の具体的構成と評価の方法についてそれぞれ説明することを要し、④実績及びモデルに基づく試算例を提示すべきこととされている。

(二)(1) 変額保険が我が国に導入するに当たり、募取法の改正は行われなかったが、大蔵省は、昭和六一年七月一〇日付通達(銀行局一九三三号)による行政指導を行い、その中で、①将来の運用実績についての断定的判断の提供、②特別勘定の運用実績について、募集人が恣意的に過去の特定期間をとりあげ、それによって将来を予測する行為、③保険金額(死亡保険金の場合には最低保証を上回る金額)あるいは返戻金額を保証する行為を特に禁止事項として掲げた。

(2) 生命保険会社は、契約者に変額保険の性格を十分に理解させるために特別の配慮をする必要性を認め、生保業界の自主規制として次のような措置を採った。第一に、変額保険の募集にあたる生命保険募集人自身が、変額保険につき十分な知識を持つ必要があるので、生命保険協会が、既に生命保険募集人として登録されている者に対し、変額保険資格試験を実施して、その合格者として生命保険協会に登録された者だけが変額保険の販売資格を取得する制度を導入した。第二に、変額保険の募集行為自体に関しては、変額保険の仕組み、資産運用の方針等を募集にあたって顧客に開示することの重要性を考慮し、募集の際、①保険金額の増減と基本保険金額(最低死亡保証額)の関係、②資産運用方針、投資対象、③特別勘定資産の評価方法、④特別勘定の運用実績が、〇パーセント、4.5パーセント、九パーセントの場合についての保険金額の試算例、⑤解約返戻金額及び満期保険金額は最低保証がないことの五項目につき、必ず顧客の確認を求めることとした。

4  変額保険約款における死亡保険金の最低保証

(一) 変額保険における死亡保険金は、基本保険金と変動保険金(負の場合もある。)を合算したものである。変額保険においても保険料算定の基礎として資産運用の予定利率を定めており、他の保険より予定利率が低く(前記甲第二号証によれば、本件変額保険においては、4.5パーセント弱と認められる。)、保険料は割高となる。基本保険金額は、特別勘定の資産実績が予定利率と一致した場合に支払われた筈の死亡保険金額であり、変動保険金は、特別勘定の実質利回りが予定利率を上下することによって増減し、累積されていく。

(二) 前記のとおり、変額保険において保険者は予定死亡率及び予定費率についてはリスクを負担し、これにより保険業法一条一項の要件を充足しているものと考えられるから、死亡保険金の最低保証は変額保険の本質的要素ではないが、約款において基本保険金額を死亡保険金の最低保証として定めているのが一般的である。他方解約返戻金について最低保証の定めはない。

(三) 変額保険において契約者が投資リスクを負担していること等にかんがみると、本来投資リスクに耐えられる顧客層、定額保険の場合よりも高所得の層を予定しているものと考えられる。この点を重視して、証券取引法でいう適合性の原則に類似する規範、すなわち、顧客の所得、年齢、被扶養者、既存保険契約及び保険契約以外の資産等に関する調査結果に基づき、変額保険が当該顧客にとって不適合なものでないと考えられる相当の根拠を有する場合でなければ、これを推奨してはならないとの規制を課すことを考慮すべきとする有識者の意見もある。しかし、それ以外の層が契約者にならない保障はないこと、変額保険も、不時の損害に備え家計の安定を目的とする保険に属する以上、保険積立金の運用リスクを全て契約者に負担させることは妥当でないと考えられることから、死亡保険金の最低保証が定められた。

二  本件変額保険締結並びに解約に至る経緯等

前記甲第二号証、乙第二号証、成立に争いのない甲第五号証の一ないし三、第六号証、第八号証及び第一一号証の一ないし五(ただし、書き込み部分を除く。)、第一二、第一三号証、第三四及び第三五号証の各一部、乙第一号証の三、第三号証の一、二、第一二号証、丙第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第九号証、弁論の全趣旨によって成立が認められる甲第一号証及び第三号証(ただし、一審原告と一審被告生命、同大里との間において成立に争いがない。)、第四号証、第九号証、第一七号証及び第三六号証(ただし、一審原告と一審被告生命、同大里との間において成立に争いがない。)、丙第五ないし第八号証、第一〇、第一一号証、原審における一審被告大里本人尋問の結果の一部とこれにより成立が認められる乙第一号証の一ないし二、第四号証の一部、原審証人柴とし子の証言の一部、原審における一審原告本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(ただし、この認定事実の一部は、事案の概要欄のとおり当事者間に争いがない。)、前記甲第三四、第三五号証、乙第四号証、原審証人柴とし子の証言、原審における一審原告及び一審被告大里各本人尋問の結果中この認定に反する部分は採用しがたく、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

1(一)  一審原告は、大正一五年一一月二八日生まれの男性で、本件変額保険締結当時(平成二年七月二〇日)六三歳八か月であり、平均余命は約一七年であった。

(二)  一審原告は、父親の代から鮮魚商を営み、父親から相続した自宅の敷地(東京都文京区千石二丁目七〇番一四宅地193.71平方メートル)と、昭和五六年に一審原告が建て替えた同地上の三階建建物(右土地建物を以下「本件不動産」という。)を所有しているが、収入(営業収入と車庫の賃貸料)は少なく、平成元年度の申告所得額は約二〇〇万円にすぎない。

2(一)  一審原告の妻とし子は、平成二年四月ころ、自宅周辺土地について、バブル経済期における地価上昇傾向に加え区画整理による地価高騰が予想されたため、一審原告について相続が開始した場合の相続税の支払いに不安を抱いていたところ、土地所有者の相続税対策として、土地を担保に銀行融資を受け、その資金で保険料を支払って変額保険に加入することが有効であるとのテレビ報道番組を見て、変額保険に関心を抱いた。そして、とし子は、そのころ同人方に出入りしていた一審被告大里に対し変額保険について説明を求めた。とし子は一審被告大里に対し、最初から、融資を受けて保険料を支払う考えであること、その借入金の利息についても適宜追加融資を受け、死亡保険金でこれらの借入金を一括返済する考えであることを告げた。

(二)  一審被告大里は、一審被告生命作成の変額保険のパンフレット(前記乙第二号証と同形式のもの)をとし子に交付し、変額保険の仕組みについて、一審被告生命において払込保険料を株式等を主体として運用し、その実績によって保険金額及び解約返戻金が上下するものであるという簡単な説明をしたが、それ以上詳しい説明はせず、変額保険の契約者が負うリスクについて具体的な説明をしなかった。かえって、一審被告大里は、とし子の求めに応じ、一審被告生命の変額保険の運用実績(加入後一年以上経過の変額保険について、特別勘定の運用実績一一パーセント)が記載された日経マネーの記事を取り寄せてとし子に示した上、複数回にわたって一審被告生命の変額保険の将来の運用実績が九パーセントを下回ることはないことを強調した。この間一審被告大里はとし子に設計書(前記甲第二号証と同形式のもの)を作成して交付した。

(三)  とし子は、一審被告大里の説明を聞き、一審原告が変額保険に加入することを強く希望するようになった。一審原告は、当初変額保険の加入に消極的であったが、とし子の熱意と一審被告大里の勧誘により、結局はとし子の希望をいれることとし、同年六月一二日一審被告大里の求めに応じ、とし子をして本件変額保険の申込書(乙第一号証の一)の保険契約者欄に一審原告の氏名の記載と押印をさせた。しかし、未だ確定的な申込みをしたものではなく、銀行融資が受けられなければ、変額保険の加入を断念する考えであり、一審被告大里もその意向を知っていた。一審原告は同月二二日本件変額保険加入の準備的行為として、一審被告生命の指示に従い医師の健康診断を受けたが、異常がなかった。

(四)  一審被告大里は、同月中旬ころ第一勧業銀行駒込支店の融資課長代理中嶋秀千代に一審原告を紹介し融資の相談をしたが、同月下旬ころ融資を断られた。次いで、一審被告大里は、一審被告銀行本郷支店の一審被告瀬間に融資の相談をした。一審被告瀬間は、本件融資が利息分まで融資する形態であり、かつ、一審原告の申告所得が少ないことから、担保物件たる本件不動産の価値を検討する必要がある旨一審原告に説明し、その後一審被告銀行融資業務管理センターによる調査が行われた。調査の結果本件不動産の時価が六億〇九〇〇万円と算定されたため、融資が実行されることとなった。そして、同年七月一九日一審原告と一審被告銀行との間で融資に必要な書類一式が作成された。

(五)  同月二〇日一審被告大里は、一審原告方を訪れ、保険料八〇〇〇万円の設計書(甲第二号証。以下、場合により「本件設計書」という。)を一審原告らに示した上、基本保険金が一億四〇〇〇万円余であること、運用実績九パーセントの場合保険金額及び解約返戻金が一〇年後にそれぞれ約二億一九六〇万円、約一億五二五七万円になることを鉛筆で該当部分に下線や囲みをつけるなどして強調した(なお、一審被告大里本人は、甲第二号証「変額保険の仕組」欄の死亡保険金変動説明図に手書きで加入された右上がりの直線は、運用実績の推移を表示したものではなく、変額保険の責任準備金が逓増することを説明するため記載したものである旨供述するけれども、一般に馴染みの薄い責任準備金という言葉を使用したとの供述内容は不自然であってにわかに信用しがたい上、仮に真実そのように説明したとすれば、責任準備金とは保険給付の原資にほかならないから、その説明の意味は、保険給付額が右上がりに増加していくこと、すなわち、運用実績がそのように累積していくことを説明したものにほかならない。その上、変額保険においては、責任準備金は右上がりに増加していくものではなく、運用実績によって増減することは前記のとおりであるから、一審被告大里のその説明は事実に反するものであり、かえって、一審被告大里の変額保険に関する知識、変額保険募集人としての実質的資格に疑問を抱かせるものというべきである。)。そして、死亡保険金が相続税支払いの原資になる旨を述べた(この言葉の意味は、死亡保険金で銀行に対する債務を弁済してなお剰余があるとの趣旨に帰着するものと考えられる。)。運用実績が4.5パーセント、〇パーセントの場合についてはあえて触れず、一審被告生命の運用実績が九パーセントを下回ることがないことを前提とする説明に終始した(もっとも、一審被告大里本人の原審供述中には、運用実績九パーセント以外についても口頭で説明したとの部分もあるけれども、その一方で、一審被告大里本人は、「三つある実績例のうち運用実績九パーセントの場合について説明した。この場合についてだけ説明したことに特に意味はない。普通三つ説明する場合と一つしか説明しない場合がある。」、「解約返戻金については見てのとおりと説明した。4.5パーセント、〇パーセントの場合についてはパンフレットをみれば分かるので、小学生に説明するように三つとも説明する必要がない。」、「基本保険金の説明が中心であり、ゼロの場合でも基本保険金があると言った。」、「基本保険金が入るから、その時にその金額を相続税の支払いの原資に充てられるという説明が中心であった。」などと具体的な供述により運用実績年九パーセント以外のケースについて口頭による説明を否定する趣旨の供述をしているから、これらの供述に照らせば、一審被告大里本人の前記供述部分は信用することができない。)。とし子は、株取引の経験があり、市況により株価が上下することは知っていたが、いわゆる機関投資家である一審被告生命においては、株取引等に基づく資産運用について特別の方法があるものと考え、一審被告大里の説明を信用した。

そして、一審原告及びとし子には、もともと中途解約の意思はなく、一審原告の死亡時まで変額保険契約を継続する考えであったところ、右の説明により、死亡保険金でもって、銀行からの借入金は一審原告死亡時までに発生する利息相当額の追加融資分を含めて完済できるものと信じ、確定的に保険料八〇〇〇万円の変額保険の申込みをした。

(六)  同月二三日、一審被告銀行から一審原告に対し保険料八〇〇〇万円と利息弁済のための資金一〇〇〇万円の合計九〇〇〇万円(以下、「本件融資金」という。)が融資され(利息は、変動金利で融資実行当時年7.8パーセント)、同日一審原告は、一審被告生命に対し、本件変額保険の保険料八〇〇〇万円を支払い、本件変額保険が成立した。

3  ところが、平成三年八月ころ一審被告生命から一審原告に対し、本件変額保険の内容について、変動保険金が〇であり、解約返戻金は保険料を下回って七六七八万三一二三円である旨の通知がなされたため、一審原告及びとし子は、一審被告大里に事情の説明を求めることとした。一審被告大里は、同月一八日一審被告生命駒込営業所長とともに一審原告方を訪れた。その際、同営業所長は、一審被告大里の説明が不十分であったかどうかは別として、一審被告生命の資産運用が低下していることを謝罪し、保険料を減額して値上がりを待ってはどうかと勧め、相続対策として、銀行融資を受けて変額保険に加入することは基本的に誤りではないと述べた。しかし、一審原告らは、本件変額保険締結後に交付された一審被告生命発行の「契約のしおり」を読んだところ、変額保険は投機性の強いことが記載されており、また、右事情説明の際に交付された生保会社別運用成績表(甲第一七号証)等により、本件変額保険締結の前年末(平成元年一二月)加入の変額保険について、平成三年三月末時点における一審被告生命の運用実績が0.8パーセントであり(なお、前記乙第一二号証によると、平成二年一二月末時点においては、マイナス4.7パーセントであったことが認められる。)、本件変額保険締結の時点において、既に一審被告生命の変額保険の運用実績が九パーセントを下回ることがないとの予測などできない状況であったことを知って、一審被告大里及び同生命に対する不信感を強くし、平成四年三月一〇日本件変額保険を解約し、一審被告生命から一審原告に対し、本件変額保険の解約返戻金七三七六万四八三〇円が振込送金された。

4  一審原告は、一審被告銀行に対し、平成三年五月六日までに本件融資金の元利金を完済した。この間に一審原告は一審被告銀行に対し、本件融資金の利息及び手数料として合計一二〇四万七三四三円を支払った。そのほか、本件融資に関し、根抵当権設定登記手続費用(登録免許税六〇万円、司法書士手数料等五万一二〇〇円)及び同抹消登記手続費用(登録免許税二〇〇〇円、司法書士手数料等二万四二〇〇円)を支出した。

三  本件変額保険の内容及び一審原告の目的から見た本件変額保険加入の合理性

1  前記甲第二号証によると、次の事実が認められる。

(一) 本件変額保険の死亡保険金について

(1) 一審原告の平均余命までの生存を前提とした場合

① 蓋然性

前記のとおり、本件変額保険締結時の一審原告の平均余命は約一七年(満八〇歳)であり、一審原告の健康状態について平成二年六月二二日の医師による健康診断でも問題がなく、他方一審原告の平均余命までの生存に疑問を抱かせる証拠は本件全証拠を精査するも見当たらないから、一審原告について平均余命までの生存を推認するのが最も合理的である。

② 死亡保険金額

一審原告八〇歳時の死亡保険金は次のとおりである。

イ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合二億八六七八万円

ロ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合一億四六八七万円

ハ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約一億四二三二万円(基本保険金額)

③ 一審原告の一審被告銀行に対する借受金債務

一審原告は、本件融資金の利息相当分について適宜追加融資を受けていくものであるから、元金九〇〇〇万円とし、本件変額保険締結時の金利(年7.8パーセント)に基づき年複利計算すると(ただし、初年度の利息相当分は右の九〇〇〇万円の中に含まれているから、二年目以降の利息と元金の合計額を計算する。)、一審原告が八〇歳になるまでに発生する債務額は約二億九九三二万円となる。

④ ②の死亡保険金額と③の債務額との比較

以上によると、一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセント以下の場合の死亡保険金は約一億四二三二万円から一億四六八七万円の間であるから、③の債務の方が約一億五二四五万円以上も上回ることになり、右の運用実績が年九パーセントを維持した場合でも③の債務の方が約一二五四万円上回ることになる。

(2) 本件変額保険締結時から一〇年間の生存を仮定した場合

① 死亡保険金額

イ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合二億一九六〇万円

ロ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合一億四四七四万円

ハ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約一億四二三二万円(基本保険金額)

② 一審原告の一審被告銀行に対する借受金債務

前同様元金九〇〇〇万円、金利年7.8パーセントとして計算すると、約一億七六九三万円となる。

③ ①の死亡保険金額と②の債務額との比較

一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセント以下の場合、②の債務の方が約三二一九万円以上上回ることになり、右の運用実績が九パーセントを維持した場合に死亡保険金の方が約四二六七万円上回ることになる。

(3) 本件変額保険締結時から五年間の生存を仮定した場合

① 死亡保険金額

イ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合一億七五九一万円

ロ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合一億四三〇三万円

ハ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約一億四二三二万円(基本保険金額)

② 一審原告の一審被告銀行に対する借受金債務

前同様元金九〇〇〇万円、金利年7.8パーセントとして計算すると、約一億二一五四万円となる。

③ ①の死亡保険金額と②の債務額との比較

いずれも死亡保険金額の方が債務額を上回り、その差額は、一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセント維持した場合約五四三七万円、年4.5パーセント以下の場合約二〇七八万円から約二一四九万円の間になる。

(4) 本件変額保険締結時から三年間の生存を仮定した場合

① 死亡保険金額

イ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合一億六一一〇万円

ロ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合一億四二四六万円

ハ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約一億四二三二万円(基本保険金額)

② 一審原告の一審被告銀行に対する借受金債務

前同様元金九〇〇〇万円、金利年7.8パーセントとして計算すると、約一億〇四五九万円となる。

③ ①の死亡保険金額と②の債務額との比較

いずれも死亡保険金額の方が債務額を上回り、その差額は、一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合約五六五一万円、年4.5パーセント以下の場合約三七八七万円となる。

(5) なお、本件融資金の利率7.8パーセントが続いた場合、七年経過すると、一審原告の一審被告銀行に対する債務額と基本保険金との差額が約一〇〇万円(基本保険金の方が多い。)となり、八年経過すると、右の債務額の方が基本保険金額を約一〇〇〇万円上回ることになる。

(二) 解約返戻金

(1) 本件変額保険締結時から一〇年間経過した場合

① 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合一億五二五七万円

② 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合一億〇〇〇五万円

③ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約六一三四万円

④ (一)(2)②の債務額(約一億七六九三万円)との比較

いずれも右の債務額の方が上回り、その差額は、一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約一億一五五九万円、年4.5パーセントの場合約七六八八万円、年九パーセントを維持した場合でも約二四三六万円である。

(2) 本件変額保険締結時から五年間経過した場合

① 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合一億〇八八七万円

② 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合八八二四万円

③ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合七〇〇二万円

④ (一)(3)②の債務額(約一億二一五四万円)との比較

いずれも右の債務額の方が上回り、その差額は、一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約五一五二万円、年4.5パーセントの場合約三三三〇万円、年九パーセントを維持した場合でも約一二六七万円である。

(3) 本件変額保険締結時から三年間経過した場合

① 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合九四九二万円

② 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年4.5パーセントの場合八三五四万円

③ 一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合七三〇一万円

④ (一)(4)②の債務額(約一億〇四五九万円)との比較

いずれも右の債務額の方が上回り、その差額は、一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が〇パーセントの場合約三一五八万円、年4.5パーセントの場合約二一〇五万円、年九パーセントを維持した場合でも約九六七万円である。

(4) 以上のとおり、本件変額保険の解約返戻金は、特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持した場合であっても、本件融資金の金利が低下しない限り、常に一審原告の一審被告銀行に対する債務(以下、場合により単に「銀行債務」という。)を下回り、解約返戻金でもって右の債務を完済することはできない状況であった。なお、本件設計書の運用実績欄の運用利回りは、特別勘定のそれであって、保険料全体の運用利回りではないため、例えば右の運用実績欄の運用利回りが年九パーセントであっても、一〇年経過の場合の解約返戻金が一億五二五七万円であって保険料八〇〇〇万円の約1.907倍であるから、保険料全体の運用利回り(年複利計算)は年約6.7パーセント、同様に五年経過の場合は年約6.5パーセント、三年経過の場合は年約5.9パーセントにすぎないが、このことを本件設計書の記載だけから理解することはかなり困難であり、右の運用実績欄の運用利回りが銀行金利を上回る場合には、解約返戻金が銀行債務を上回るとの誤解を与える虞が大きい。

2  以上によると、本件融資を受けて本件変額保険に加入した場合、仮に一審被告生命における変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントの運用利回りを維持したとしても、当時の金利水準のもとでは、当初から解約返戻金でもって本件融資金を完済することはできない状況にあり、死亡保険金を充てる場合であっても、最も可能性の高い一審原告が平均余命まで生存した場合には、銀行債務の方が約一二五四万円も上回ることになり、また、特別勘定の運用実績が年4.5パーセント以下の場合には、本件変額保険締結後八年を経過すれば、死亡保険金(基本保険金とほぼ同額)が銀行債務を約一〇〇〇万円も下回ることになり、一審原告が平均余命まで生存した場合には、約一億五二四五万円以上も債務超過となる。しかも、本件変額保険締結当時既に一審被告生命におけるその後の変額保険特別勘定の運用実績が年九パーセントを維持できるとの楽観的な見通しを許すような経済状況ではなかったというべきであるから、本件融資を受けて本件変額保険に加入することは、一審原告の目的に反する結果を招来する具体的危険性が存在したものというべきである。

四  一審被告大里及び一審被告生命の責任原因について

1  前記の変額保険の性質、変額保険の発売の経緯等に照らし、募集人は、変額保険募集に当たり、顧客に対し、変額保険に対する誤解から来る損害発生を防止するため、変額保険が定額保険とは著しく性格を異にし、高収益性を追求する危険性の高い運用をするものであり、かつ、保険契約者がその投資リスクを負い、自己責任の原則が働くことを説明すべき法的義務が信義則上要求されているものというべきであり、客観的にみて、この点を理解されるに十分な説明がなされていなければ、変額保険募集時に要請される説明義務を尽くしていないものというべきである。しかるに、一審被告大里は、パンフレットに基づいて変額保険の仕組みにつき、一時払いで入金し、その保険料を会社が運用し、運用実績によって解約返戻金と保険金額が上下する旨の通り一遍の説明をしたものの、実際の資産運用の面では、一審被告生命の運用実績が九パーセントを下回ることがないことを強調し、死亡保険金が相続税の支払いの原資になる旨を述べたのであるから、これらの説明全体の趣旨に照らせば、顧客たる一審原告に対し、常に九パーセントを超える運用実績を望むことはできない旨を説明した程度にすぎず、運用実績が負になることは実際上起こりえない旨を述べたものというべきであって、変額保険のもつ投機性、危険性、保険契約者の自己責任の原則について正しい理解に導く説明でないことは明らかといわなければならず、一審被告大里には変額保険募集時になすべき説明義務を履行しなかった違法があるものというべきである。もっとも、一審被告大里本人の原審供述中には、とし子が、テレビ報道を鵜呑みにして、簡単に融資が受けられて高額の保険に入れるいい保険があると思い込み、変額保険の詳しい内容について質問がなかったので通り一遍の説明しかしなかった旨の部分も存するけれども、仮にとし子がそのような思い込みをし、変額保険の持つ投資リスク等について十分な認識を欠いていたのであればなおさらのこと、変額保険の持つ投資リスク、保険契約者の自己責任の原則について説明すべきであり、かかる場合にパンフレットの記載内容を概観しただけの通り一遍の説明をしただけでは、説明義務を果たしたとは到底いえない。

2  ところで、変額保険についても証券取引法でいう適合性の原則がそのまま適用されるべきかどうかはともかくとして、一審原告は、本件不動産(前記の一審被告銀行による調査時点で六億円を超す価値があった)を所有するものの、自宅の土地建物であり、生活に不可欠の資産であって遊休資産ではなく、他に見るべき資産はなかった上、所得は少なかったから、本来変額保険が予定している投資リスクに耐えられる顧客層に属するかどうか疑問があったこと、さらに、一審原告は、自己資金がないため、銀行から融資を受けて変額保険に加入しようというものであり、かつ、利息の支払いについても追加融資を受け、一審原告の死亡時までに発生する借受金全部を死亡保険金で一括して弁済できるとの前提で、本件変額保険加入を決断したものであり、一審被告大里はこの事実を知っていたのであるから、このような事実関係のもとにおいては、変額保険募集人たる一審被告大里において、募集時に要請される一般的説明に加え、信義則上、少なくとも当時の金利水準、変額保険の運用の実績に基づいて検討した場合、一審原告の右前提事実の判断に錯誤がないかどうか、その判断の基礎となる事実を説明すべき義務があったものというべきであり、この理は、一審被告生命と同銀行との業務提携の有無によって左右されるものではないというべきである。しかるに、一審被告大里は、右の点に関する説明せず、かえって、死亡保険金が相続税支払いの原資になる旨を述べるなどしたのであるから、この点からも説明義務に違反するものというべきである。

3 また、一審被告生命の運用実績が九パーセントを下回ることがないことを強調した一審被告大里の行為は、前記の大蔵省通達の禁止する「将来の運用成績についての断定的判断の提供」にも該当するところ、右禁止の趣旨は保険契約者の利益保護にあると解されること、一審被告大里の右の運用実績に関する判断は、十分な根拠がなかったこと、一審原告が本件変額保険加入を決断するに当たり、一審被告大里の右の説明が重大な影響を及ぼしたこと(なお、とし子は株式投資の経験はあったけれども、一審被告生命のようないわゆる機関投資家には一般の個人投資家とは別の株式運用方法があるものと思い、一審被告大里の右の説明を信用したことは前述した。)などに照らすと、一審被告大里の右の行為は、それ自体違法と評価されるべきである。

4  よって、一審被告大里は民法七〇九条、一審被告生命は民法七一五条により、一審原告が一審被告大里の違法な勧誘行為の結果被った損害を賠償すべき義務がある。

五  一審被告銀行の責任について

1  一審原告は、一審被告瀬間において一審原告に対し一審被告大里とともに虚偽の説明をして、本件変額保険の勧誘をした旨主張し、前記甲第三四、第三五号証、原審証人柴とし子の証言、原審における一審原告本人尋問の結果中にはこれに沿う趣旨の記載及び供述部分があるけれども、原審における一審被告瀬間本人尋問の結果に照らし採用しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はない。

2  一審原告のその他の主張について検討するに、変額保険と定額保険はそれぞれ一長一短があり、変額保険そのものが反社会的性格を有するものではないから、変額保険の保険料支払資金を融資すること自体が違法行為となるものではない。また、融資金の使途が変額保険の保険料支払いにあることを知ったからといって、貸主が、借主保護のための法律上の注意義務として、当該変額保険の内容等を調査して、借主の返済計画、返済能力を検討すべき義務及びその検討結果如何によっては融資を断念すべき義務があると解すべき根拠は見当たらない。確かに、一審原告は所得が少なく、年齢も六三歳であり、担保不動産の価値のみを重視したとしか考えられないような本件融資が銀行の健全な姿勢といえるかどうかは甚だ疑問であるほか、本件変額保険加入時の一審原告の年齢、平均余命を考えれば、例えば変額保険ではなく、定額保険の死亡保険金でもって元利金の一括返済に充てるような融資の申込みであった場合に、一審被告銀行がこれに応じたかどうか疑問があり、一審被告銀行においても、変額保険の資産運用について安易な見通しを持っていたとの疑いはある。しかしながら、一審被告銀行は、変額保険契約の当事者ではなく、その危険性について説明すべき義務があるとはいえず、借主の返済計画、返済能力は本来借主の責任領域に属する事項というべきであるから、一審被告銀行の本件融資あるいはこれに関連して、一審被告銀行及び同瀬間において、違法に一審原告の権利を侵害する行為があったというに足りない。

六  一審原告の損害

前記認定事実によれば、一審原告が一審被告大里の違法な勧誘行為により本件変額保険に加入し、その結果本件保険料と解約返戻金との差額六二三万五一七〇円を失ったほか、本件融資金の利息及び手数料として合計一二〇四万七三四三円を支払い、本件融資のための根抵当権設定登記手続費用(登録免許税六〇万円、司法書士手数料等五万一二〇〇円)及び同抹消登記手続費用(登録免許税二〇〇〇円、司法書士手数料等二万四二〇〇円)を支出したのであるから、これらの合計一八九五万九九一三円の損害を被ったものというべきである。もっとも、一審被告生命及び同大里は、本件保険料と解約返戻金との差額六二三万五一七〇円は、一審原告が自ら解約したことによる損害であって、一審被告大里の勧誘行為とは因果関係がない旨主張するけれども、一審原告が本件変額保険を解約した当時の一審被告生命における変額保険の運用実績及び金融市場の動向に照らせば、一審原告の右保険解約は、損害の拡大防止の方法として合理性が認められるから、本件保険料と解約返戻金との差額は一審被告大里の勧誘行為との間に相当因果関係のある損害というべきである。また、一審被告生命及び同大里は、本件融資金の利息及び手数料、本件融資のための根抵当権設定登記手続費用及び同抹消登記手続費用についても、一審被告大里の勧誘行為とは因果関係がない旨主張するけれども、前記のとおり、本件変額保険加入は、当初から銀行融資によって保険料を支払うことを前提にし、一審原告が一審被告大里の違法な勧誘行為により本件変額保険の加入を決心しなければ、右の費用を支出することはなかったものであり、一審被告大里もその前提で行動し、一審被告銀行を一審原告に紹介するなどし、むしろその方法によることが相続税対策にもなるとの理解であったものであるから、右のような事実関係のもとにおいては、本件融資金の利息及び手数料、本件融資のための根抵当権設定登記手続費用及び同抹消登記手続費用についても、一審被告大里の勧誘行為との間に相当因果関係のある損害というべきである。

なお、一審原告は、慰藉料二〇〇万円を請求しているけれども、財産権侵害については、原則として、財産上の損害が回復されれば、全ての損害が回復されたものというべきであるから、特段の事情の認められない本件においては、一審原告の慰藉料請求はこれを肯認するに由ない。

七  過失相殺について

とし子に株式投資の経験があったこと、一審被告大里は、変額保険の仕組が、株式等の有価証券を主体とした運用をするものであり、その運用実績によって保険給付額が増減する旨を概略的に説明したことに照らすと、本件変額保険加入に当たり一審原告にも十分な検討をしなかった過失があるものというべきである。しかし、基本保険金を取得できる可能性があったことを損益相殺的要素として重視することは相当ではなく、本件の事実関係のもとでは、一審原告に生じた損害の六割を一審原告が負担し、その余を一審被告大里(及びその使用者である一審被告生命)が負担すべきである。そうすると、過失相殺後の一審原告の損害は、七五八万三九六五円となる。

八  弁護士費用

一審原告が本件訴訟の提起及び追行を本件一審原告訴訟代理人に訴訟委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、審理経過等を考慮すると、右の認容額を一割をもって、本件の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。そうすると、弁護士費用を加えた損害額の合計は、八三四万二三六一円となる。

九  遅延損害金の起算日

一審被告生命及び同大里に対する本訴状送達の日の翌日が平成五年八月一〇日であることは、原審記録上明らかである。

第四  結論

よって、一審原告の一審被告生命及び同大里に対する本件控訴に基づき、原判決中右三名関係部分を右の趣旨に従って変更し、一審原告の一審被告銀行及び同瀬間に対する本件控訴並びに一審被告生命、同大里の本件控訴はいずれも理由がないので、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田宏 裁判官森脇勝 裁判官髙橋勝男)

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